top >> people >> comme des garcons


{ COMME des GARCONS } { コム デ ギャルソン } { ファッションブランド }

デザイナーは川久保 玲。1942年東京生まれ。慶応義塾大学卒後、旭化成に入社。退社後にスタイリストに、そして1969年に「COMME des GARCONS」の名称で婦人服製造・販売を開始し、1973年に「COMME des GARCONS」を設立。名前の意味は「少年のように」だそうです。
75年、東京コレクション初参加。78年に「COMME des GARCONS HOMME」がスタート。81年にパリのプレタポルテにデビュー。84年、「COMME des GARCONS HOMME PLUS」がスタート。87年、ビジネススーツラインの「COMME des GARCONS HOMME DEUX」がスタート。88年、フランス生産のシャツライン 「COMME des GARCONS SHIRT」がスタート、そして「Six」マガジンを創刊。99年には「COMME des GARCONS HOMME HOMME」がスタートしたそうですが2001秋冬コレクション限りで終了したそうです。
黒を基調としたアイテムは、かつては「黒の衝撃」「ジャパネスクカジュアル」などと呼ばれ、世界中から注目を浴び、また、「カラス族」なる流行語も生んだそうで、既成概念をクリエイティヴで斬新な表現手法は毎シーズン話題を注目を集めています。
87年にはニューヨークのFITで開催された「Three Women(3人の女)展」の1人に川久保 玲が選ばれ代表作品が展示されたそうです。

受賞歴
83年、第一回毎日ファッション大賞受賞。
86年、アメリカ・ファッション・グループのナイト・オブ・スターズ賞を受賞。
93年にはフランス政府より「Chevalier de I'Order des Arts et des Lettres」(文学と芸術賞)を受賞。
97年、ロイヤル・カレッジ・オブ・アート(英国王立芸術院)より名誉博士号を授与。



ビョークが着るコム デ ギャルソン


Coachella Festival
2002


Self Service Mag
Vol.14 2001


unknown
 


MTV Europe
VMA 1996


Isobel Video
 


ショップも一つの表現方法とするだけに新しいショップがオープンするたびに話題を呼んでいます。
「ここ数年間掲げている直営店戦略の一環」としてオープンした各都市のショップで色々な人達とコラボレートをしているそうで、ニューヨーク・チェルシー店から始まり、東京・青山店、パリ・フォーブル・サントノール店、そして02年7月には京都店がオープンしました。建築系の雑誌などでも話題になっています。


左から、99年シェルターと呼ばれてるチェルシー店、99年ブルー一色にリニューアルした青山店


左から、01年赤を基調として既存の建物の中に新たに建物を作ったパリ店、ユナイテッド・アローズとのコラボレートのセレクトショップ「ディストリクト」

左から、ディエチ コルソ コモ・コム デ ギャルソン、黒塗りで漆器みたいな京都店
川久保 玲がデザインするコム デ ギャルソン
→COMME des GARCONS パリコレで発表されている、レディースライン
→COMME des GARCONS NOIR レディースのフォーマルライン
→COMME des GARCONS robe de chambre(ローブ・ド・シャンブレ)レディースライン

→COMME des GARCONS HOMME PLUS(オム・プリュス)
パリコレで発表されている、メンズライン

→COMME des GARCONS HOMME DEUX(オム・ドゥ)
メンズライン、ビジネススーツライン

→COMME des GARCONS HOMME HOMME(オム・オム)
メンズライン、HOMME以上にHOMME PLUSの雰囲気を強くもっている感じだそうです

→COMME des GARCONS SHIRT(シャツ) メンズシャツ

→COMME des GARCONS PARFUMS 香水ブランド、94 年設立、本社はフランスにあるそうです


→COMME des GARCONS HOMME メンズライン、PLUSの世界観を持ちつつ、より普段着にしやすいそうです。デザイナーは田中 啓一(爆笑問題の田中裕二の兄)
→tricot COMME des GARCONS (トリコ)レディースライン、以前は渡辺 淳弥が担当していましたが2002秋冬から栗原 たおが担当。


発売されるたびに話題になるオードトワレは、毎年1回発表されているそうです。ボトルの形はずっと同じですが、パッケージとボトルデザインが毎回凝った作りになっています。写真左は「コム デ ギャルソン3・オードトワレ」、「コム デ ギャルソン・ホワイト」

また、02年3月には青山に「10(ディエチ) コルソ コモ・コム デ ギャルソン」がオープン。ミラノにあるショップ「10 コルソ コモ」のオーナー、カルラ・ソッツァーニと川久保 玲 2人のコンセプトショップだそうでこの2人がセレクトした商品やこの店のために作った商品なども販売されるそうです。
フセイン・チャラヤン、ベルンヘルト・ウィルヘルムやヴィクター&ロルフなども取り扱われているそうです。この店について川久保 玲は「ただ物を集めるのではなく、ショップを編集する感覚なんです。だからセレクトショップとは呼んでほしくない。国籍の違う服やきれいな物が一冊の本になる感じ。どんどん変わっていくし、偶然や瞬発力が大切になる」そうです。
コム デ ギャルソンはショップによってその店でしか売っていない商品があったり店ごとに取り扱うブランドが違ってくるのでなんだかよく分かりません・・・


Collection

2001S&S (左がビョーク着用)

2002S&S (左がビョーク着用)

2001-02A&W

2003S&S
2001春夏コレクションは迷彩柄のテープを使いミリタリーな感じを。市松模様がインパクトあります。
2001-2002秋冬では川久保が嫌いと断言していたセクシーな服にあえて取り組んだコレクション。
2002春夏は優しくソフトな雰囲気のコレクションに。2003春夏のテーマは過剰なほどの装飾。装飾を付けるのではなく服そのものを結んだりねじったりなどして装飾しちゃってます。



Six(シックス)
88年から年に2回、無料で発行されていたビジュアル誌。
上質な紙に上質の印刷をほどこしていたりと贅沢な作りだったそうですが、今は発行されていないです。
VISIONAIRE(ヴィジョネアー)
ヴィジョネアー20号では川久保 玲と13人のフォトグラファーがコラボレート。 ヴィジョネアーからの質問に、川久保 玲が1つ1つの答えをフォトグラファーとコラボレートしてヴィジュアルで表現。ニック・ナイトやカール・ラガーフェルド、ブルース・ウェーバー、ピーター・リンドバーグなどが参加。


Visual(広告など)
コム デ ギャルソンの広告を僕は滅多に見かけたことがないですが、写真はCOMME des GARCONS SHIRTの広告です。
昔からカタログなどを発行していたそうですが、パリコレ進出当時はピーター・リンドバーグやスティーブン・マイゼルなどが広告写真を手掛けていたそうです、88年から今現在の広告には服が登場せず(服とは全く関係ない写真)一瞬、何の広告なのか分からないですが、インパクトのあるものになっています。


■Interview
ヴォーグニッポン 2001年9月号 「Independence Rei コム デ ギャルソンの歩き方。」より

パリコレ進出してから20年になることをどう思うか。その間に40回のレディスコレクションを成し遂げていることについてどう思うか。
「むしろ他の方にそう言われて、"そうなんだな"と感じる程度です。きっと、毎シーズン自分がやったことに満足していないからだと思います。山登りに例えるのがわかりやすいでしょうね。登っている時はどこまで来たかなんて後ろを振り返らないし、次の一歩のことしか頭にない。私はまだ、頂上にたどり着いていないわけです!」

「状況は、さらに厳しくなっています。経験を積めば積むほど、毎回違うことをするのは難しくなっていきますから。前シーズンのコレクションに何かを付け加え、次のコレクションとみなすことはたやすいことですが、ゼロから何かをするというのは、もっと難しいことなんです。」

「タブーというのは強いもの。そしてそのタブーに徹底して取り組んだ時、人は解放されるのです」

「コム デ ギャルソンは服を作るだけではありません。どこで売られているのかが服と同じぐらい重要なんです。スタッフの名札だって大切なものです。私はこの会社のデザイナーです。時が経つにつれて、その基準を維持していくのは難しくなっています。」



■Collaboreter 川久保 玲の周りにいる人達からみたレイ カワクボ

Carla Sozzani
1981年に、パリでの初コレクションを見たとき、頬を殴られたようなショックを受けたわ。それまでのヨーロッパで表現されてきたものとは、全く違う女性らしさ。そう、レイやヨウジ・ヤマモトが、新しい女性像を提案したの。レイと私の友情は、その時から始まった。

Azzedine Alaia
私の仕事はレイのそれと正反対の位置にあります。(アライアの服は着るとヒップが5センチ上がってみえると言われてます)でも自分の意志で着る服という点ではコム デ ギャルソンと共通しているのです。いつの時代でもレイは目をしっかりと開き、時代とともに進んでいます。自分のスペースに他のデザイナーを迎えるというのは良いことだと思いますよ。レイにとって新たな広がりとなりますから。

Vivienne Westwood
カワクボは、数少ない本物のデザイナーのひとりだとおもいます。マーケティングばかりに気を取られている自称デザイナーも多い中、彼女はデザインをしっかりやっています。それに、彼女の服は、どんなに変わったものでも、女性をかわいく見せるんです。
渡辺 淳弥・田中 啓一
川久保は、僕たちにどうしなさいと教えるようなこともなければ、こうしてみたらと意見することもありません。彼女がすることといえば、たとえばというひとつの例を提示するだけ。あとはもっぱら、自分たちの好きにさせてくれます。言葉は少ないけれど、川久保の考えていることは、確実に僕たちに伝わってきます。とくに、こちらが何かまずいことをやってしまったときには、絶対にわかる。逆に、川久保が何も言わなければ、ああ大丈夫なんだな、と安心するんです。

高橋 盾
(アンダーカバーデザイナー)
コムデギャルソンを知ったのは、子供の頃です。でも実際に川久保さんとお会いしたのは、2年ぐらい前のこと。メンズのショップを南青山にオープンしたとき、川久保さんが来てくださったんです。(コム デ ギャルソンの)ショップの裏で何が起こっているのか、気になったのかもしれないですね。服を作っていていちばん嬉しいのは、お客さんが、ごちゃごちゃしたデパートではない、自分の店にわざわざ来てくださることです。僕たちストリート世代の人間からすれば、コム デ ギャルソンはもの凄い存在。これほど尊敬できる人がいるというのは、とてもラッキーですね。川久保さんを見ていると、自分ももっと頑張ろうって気持ちになります。
栗野 宏文
(ユナイテッドアローズ クリエイティブディレクター)
川久保さんの服を買っていかれるお客さんは、2〜3世代にまたがっています。大人のグループで50歳くらい、いちばん若い層で18歳か19歳。なぜだと思いますか?それは、川久保さん自身が年齢を超越した存在だからです。彼女はまったく歳をとらない。ひとたび何かを達成したら、自分でそれを打ち砕いてしまう。彼女は永遠の革命かだと思います。川久保さんの仕事は、女性たちを勇気づけてきたし、ビジネス面でも、多くの人達に、莫大なエネルギーとインスピレーションを与えてきました。ファッションの世界ではクリエイティビティだけを問題にして、ビジネスの重要性をないがしろにする傾向がありますが、そんななかで川久保さんは、自力で会社を起こし、非常に水準の高いビジネスを維持し続けている。いくつかの企業は大々的な広告キャンペーンを行い、バッグだの何だのをばらまくようにして売り上げを伸ばしているけれど、彼女はつねに興味深いものを創り、素晴らしいビジネスを実践し、インディペンデントな姿勢を崩さない。奇跡的な事実ですね。


■Book , Magazine
本は関連本などいろいろと発売されているみたいです、本屋やオンラインショップなどで、見つけることができるかと思います。雑誌でも男性、女性誌問わずよく特集などがくまれています。ヴォーグニッポンの2001年9月号は文章、写真共にとても興味深い内容です。

ヴォーグニッポン
2001年9月号

ヴォーグニッポン
2002年3月号


■Shop
青山店:東京都港区南青山5-2-1
丸の内店:東京都千代田区丸の内3-4-1
10 コルソ コモ・コム デ ギャルソン:東京都港区南青山5-3
京都店:京都市中京区御幸町通御池上ル亀屋町378